登録免許税を抑える方法/根抵当権の有用性
根抵当権とは?
不動産登記には、所有権移転登記や所有権保存登記等の種類がありますが、実をいうと、私にとって、根抵当権に関する登記は、好きな登記でもあります。
根抵当権というと、一般の方にはあまり馴染みのないものかもしれません。マイホームの借入であるならば、ほぼ「根」抵当権ではなく、抵当権が設定されるからです。一部浜松などでは、根抵当権を設定する場合もありますが、多くはありません。一方で、事業者の方にとっては、根抵当権は馴染みのある登記のはずです。
では、根抵当とは何なのか?というと、「ある種類の取引の中で借り入れることができる枠の限度において不特定の債権を担保する抵当権」ことです。よく分からないと思いますので、少し説明すると、ある種類の取引とは、例えば銀行であれば「銀行取引」、信用金庫であれば「信用金庫取引」などが一般的です。借り入れることができる枠のことを「極度額」といい、根抵当権が設定されている不動産の登記簿を見ると、そこには、「債権の範囲 銀行取引」「極度額金〇〇〇円」などと記載されているのを見ることができると思います。これは、極度額という枠の範囲で、債務者が、債権者たる銀行からお金を借りたことにより生じた債権がこの根抵当権で担保されていることを意味しています。
抵当権が債権ありきで、特定の債権が無ければ成立しないのに対し、根抵当権では債権の存在は必要ありません。厳密にいうと、抵当権では債権が発生する元の基本契約(金銭消費貸借契約等)が必要なのに対し、根抵当権では基本契約が必要ありません。例えば、マイホーム購入などに伴う抵当権は、その前提となる金融機関との間に交わす金銭消費貸借契約等があり、それにより発生した特定の債権を担保するものであり、債権が無ければ抵当権を設定することができないのです。そのため、抵当権設定登記における原因日には、特定の基本契約締結日が必ず記録されます。例えば、「〇年〇月〇日金銭消費貸借〇年〇月〇日設定」などです。これを付従性といいます。
なお、この特定の債権は、既に発生している債権(上記の金銭消費貸借契約に基づくような債権)でも構いませんし、将来発生する債権(例えば、よくあるのが保証会社による保証委託契約に基づく求償債権です)でも構いません。いずれにせよ、元の契約があり債権が特定されている必要があるのが抵当権です。
一方、根抵当権においては、債権が特定されている必要はありません。ある範囲の取引において発生する不特定の債権を枠(極度額)の限度で担保するのが根抵当権です。例えば、範囲が銀行取引とされた極度額5,000万円の根抵当権を設定したとします。最初に2,000万円を借り、後日さらに2,000万円を借りた場合、この2つの借入は別個の金銭消費貸借契約によるものですが、当該根抵当権においては両方の借入とも担保されることとなります(実務では、当初の借入額に応じて、それよりほんの少しだけ高めの極度額が設定されるため、こうした事例は少ないです。そもそも、極度額が大きくなればなるほど登録免許税も増加するため、将来のために最初から借入額をはるかに超える極度額を設定することは現実的ではないからです)。また、当初の2,000万円を完済し、あらためて2,000万円を借りた場合も当然に担保されます。つまり、借りられる「枠(極度額)」を設定しておけば、その範囲であれば、より簡便に融資を受けることができるというメリットがあるのです。
登録免許税も安く済みます。抵当権でお金を3,000万円借りたとします。すると、抵当権等の設定登記の税率は0.004ですから、登録免許税は12万円となり、さらに司法書士報酬も加算されます。その後、完済すると、抵当権は特定債権ありきの担保権ですから、前提となる債権が消滅すると、それを担保している抵当権も当然に消滅します。求償債権のような将来債権の場合は、不発生となった時点で、抵当権も不成立となります。したがって、そこでさらに3,000万円の融資を受けるためには、再度抵当権設定契約を締結する必要が生じます。
根抵当権であれば、完済したあとも、根抵当権には付従性がないため、債権と一緒に根抵当権が消滅することはありません。このように、追加で抵当権を設定する必要がないというメリットが生じるのです。
もちろん、お金を借りるという法律行為と、担保権を設定するという法律行為は別物であり、その枠の中で融資を受けるには、別途金融機関との間で金銭消費貸借契約等を締結することに変わりはありませんが、手続き上は随分融資手続の利便性が上がることとなります。
さらに、根抵当権のもう一つの特徴は、担保している債権が譲渡されても、それと一緒に根抵当権が移転しないという特徴があります。抵当権の場合、例えば、住宅ローンなどでお金を借りて、その後返済ができないと、その住宅ローン債権が譲渡されることがありますが、債権が譲渡されると、抵当権も当然に移転します。これを随伴性といいます。
登記簿を見ると、抵当権移転登記がされていることがあります。債権譲渡の結果、当然に抵当権も移転するのであれば、登記は義務ではないのだから、登記をする必要がないと思われがちですが、そうではありません。これは、確かに譲渡を受けた新たな債権者は、債務者に対してはそれを主張できますが、第三者に対してはは、抵当権の移転登記がないと債権を譲り受けたことを対抗できないためです。よく、金融機関が、抵当権移転の依頼に際し、早く登記を希望するのはこうした理由によります。
仮に、債権の一部だけを譲渡した場合であっても、その一部の額に応じて、抵当権の一部が移転し、抵当権は従来の債権者と一部を譲り受けた債権者との共有状態となります。
しかし、根抵当権の場合は、枠の中で担保されている債権が譲渡されても、根抵当権自体が移転することはありません。債権譲渡がされても、債権だけが根抵当権の枠の中から抜け落ちるだけです(随伴性の否定)。
さらに特徴として、根抵当権においては、中身の債権の譲渡ではなく、根抵当権という担保権自体そのものを譲渡することもできます。根抵当権を譲渡すると、元々その根抵当権で担保されていた債権は当該根抵当権では担保されなくなります。何故なら、根抵当権は、根抵当権者と債務者の間の不特定債権を担保しますが、譲渡によって根抵当権者が変更されたことにより、当該根抵当権で担保される対象は、あらたに根抵当権を譲り受けた根抵当権者と債務者との間の債権に限定されるからです。このように、中身の債権とは別個に、根抵当権だけを譲渡できる性質のことを根抵当の独立性といいます。
根抵当権と抵当権の違い
以下の表に根抵当権と抵当権の違いをまとめてあります。
担保権の性質 | 抵当権 | 根抵当権 |
付従性 基本契約の必要性の有無 |
必要 | 必要ない |
随伴性 被担保債権が譲渡された場合 |
一緒に移転する | 移転しない |
随伴性 被担保債権が債務引受された場合 |
引き続き担保される(要設定者承諾) | 担保されない |
独立性 被担保債権と分離して処分できるか |
処分(転抵当、譲渡、放棄、順位譲渡、順位放棄)はできる 但し、独立性はない |
被担保債権と分離して処分可能な独立性がある 根抵当権自体を全部譲渡、一部譲渡、分割譲渡できる |
根抵当権移転及び変更登記の有用性
上記のような性質があるため、事業における借り換えやあるいは売買などにおいても、根抵当権の移転や変更により、あらたに根抵当権を設定するよりも登録免許税額を抑えることが可能な場合があります。
例えば、甲会社がA金融機関との間で、5筆の土地に対し、極度額2億円の根抵当権を設定していたとします。今般、事業の都合上、甲会社は、A金融機関からの借り入れをB金融機関に変更することとしました。
この場合、一般的な方法は、A金融機関との間の根抵当権設定契約を解除し、不動産上の根抵当権設定登記を抹消し、さらにB金融機関との間で根抵当権設定契約を締結し、新たに根抵当権設定登記を申請します。
登録免許税は、根抵当権抹消登記(登録免許税5,000円)、根抵当権設定登記(登録免許税80万円)となります。
もう一つの方法は、根抵当権を移転する方法です。根抵当権は枠であり、債権と一緒に移転することがない性質を持っている(独立性)ことから、A金融機関の根抵当権をB金融機関に譲渡しても、その枠の中身であるA金融機関の債権は移転しません。A金融機関の債権は、当該根抵当権では担保されなくなりますが、借り換えに伴い弁済されますので、問題ありません。具体的には、A金融機関とB金融機関の間で根抵当権譲渡契約を締結し、その結果として根抵当権をB金融機関に移転させます。申請する登記は、根抵当権移転登記及び根抵当権変更登記となります。
登録免許税は、根抵当権移転登記(登録免許税40万円)、根抵当権変更登記(登録免許税5,000円)となります。移転の登録免許税は、設定の半分です。
ちなみに、根抵当権変更登記とは、根抵当権の登記事項である極度額、債権の範囲、債務者などを変更する登記です。例えば、A金融機関が銀行であった場合、元々の債権の範囲には「銀行取引」などと記載されています。根抵当権は、債権者と債務者の間の債権の範囲(ここでは銀行取引)で記された取引で生じた債権のみを担保します。B金融機関が信用金庫の場合は、銀行取引はできませんので、このままではB金融機関と債務者との間の債権は担保されません。よって、これを「信用金庫取引」に変更する必要があります。また、場合によっては極度額を増減額する必要もあるかもしれません。極度額を増額すると、増額部分に設定時と同じ税率の登録免許税が課されますが、そうであっても、新規の設定の登録免許税額よりははるかに安くすみます。
元々のA金融機関の根抵当権の極度額が、例えば5,000万円であれば、抹消→新規設定の場合は205,000円となり、移転変更の場合は105,000円となります。極度額大きいほどその差も大きくなります。例えば、5億円であれば、その差は100万円となります。
また、上記のような根抵当権の性質を生かし、売買の際に、根抵当権変更登記をすることで登録免許税を抑えることが可能となる場合があります。
売主甲がA金融機関との間で1億円の根抵当権を設定していたとします。5筆の土地です。今般、買主乙に不動産を売却することしました。買主乙は、同じA金融機関から融資を受けてこの不動産を購入する予定です。借入額は1億円弱程度で、同じ極度額1億円の根抵当権の設定をA金融機関は希望しています。
通常であれば、先の借り換えと同じように、抹消→新規設定となります。登録免許税は、抹消5,000円と新規設定40万円となります。
こうしたケースにおいて、根抵当権変更登記をすることが検討できます。つまり、当初の根抵当権を抹消せずに、その内容である登記事項を変更する方法です。根抵当権の債務者を売主甲から買主乙に変更すると、当該根抵当権で担保される債務は、買主乙に属する既発生の債務及び変更後に発生する債務となり、売主乙に属する債務は既発生の債務も変更後に発生する債務も担保されなくなります。
根抵当権変更登記により、債務者を売主甲から買主乙に変更すればよいのです。登録免許税は5,000円で済みます。仮に、極度額が減少する場合は5,000円、増加する場合は増加した部分に対して設定と同じ税率の登録免許税が発生しますが、新たに設定するよりは少ない金額となります。なお、金融機関は同じですから、債権の範囲を変更する必要は、原則、ありません。
根抵当権は、前述のとおり、事業者の方にとって馴染み深いものでありますが、一般に(根)抵当権に係る登記というと、抹消及び新規設定が多いこともあり、何度も登記をしている方でも、それが自然と感じておられるでしょう。しかし、根抵当権の特性を知ることで、上記のような方法も検討できるようになります。
特に売買などにおいては、実務上、なかなか根抵当権変更による手続きを検討しにくいかもしれませんが、例えば、実務でもよくある、会社とそのオーナー社長との間の売買などの近しい間柄の契約においては、有用かもしれません。