信託は司法書士が適任な理由
信託登記の概要
現行の不動産登記法は、明治期において成立した法が、幾たびかの改正を経て、平成16年に大きく改正されました。信託の登記についても、不動産登記法第97条にて、以下のように定められました。
第九十七条 信託の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。一 委託者、受託者及び受益者の氏名又は名称及び住所二 受益者の指定に関する条件又は受益者を定める方法の定めがあるときは、その定め三 信託管理人があるときは、その氏名又は名称及び住所四 受益者代理人があるときは、その氏名又は名称及び住所五 信託法(平成十八年法律第百八号)第百八十五条第三項に規定する受益証券発行信託であるときは、その旨六 信託法第二百五十八条第一項に規定する受益者の定めのない信託であるときは、その旨七 公益信託ニ関スル法律(大正十一年法律第六十二号)第一条に規定する公益信託であるときは、その旨八 信託の目的九 信託財産の管理方法十 信託の終了の事由十一 その他の信託の条項
2 略
3 登記官は、第一項各号に掲げる事項を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託目録を作成することができる。
不動産登記法
第97条には、登記事項、つまり登記記録に記載すべき事項が列挙されており、これらの記載すべき事項を欠く登記は法務局に受理されません。不動産登記法においては、信託に限らず、抵当権の設定や、所有権移転などの各申請毎に、登記事項が列挙されておりますが、これは列挙主義と呼ばれています。列挙主義においては、列挙された登記事項以外の事項は、登記されることはありません。仮に、それ以外の事項を登記しようとしても、法務局の登記官がそれを受理することはありません。
登記申請の手続上、法務局に対し、各申請の原因である契約書のような法律行為を証する書面を逐一確認させ、そこから登記事項を抽出する作業を課すのは、負担も大きく不可能ですから、このようにあらかじめ法律で登記事項を列挙しているわけです。
ここで、信託の登記を経た登記記録を見てみましょう。通常、信託が記録された登記記録は以下のようになります。
信託目録 | ||
番号 |
受付年月日・受付番号 |
予備 |
第11号 |
令和3年5月23日 第1111号 |
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1委託者に関する事項 |
浜松市中区〇町〇〇番地の〇 法務太郎 |
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2受託者に関する事項 |
浜松市中区〇町〇〇番地の〇 法務次郎 |
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3受益者に関する事項 |
受益者 浜松市中区〇町〇〇番地の〇 法務太郎 |
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4信託条項 |
1信託の目的 本信託は、信託財産を管理処分等することにより~ 2信託財産の管理方法 (1)受託者は、信託不動産を第三者に賃貸し、当該第三者から賃料を受領することができる (2)受託者は、受益者の同意を得て、信託不動産を売却することができる (3)受託者は、受益者の同意を得て、信託不動産を担保に供することができる 3信託終了の事由 (1)受益者が死亡したとき (2)信託法第163条に定める事由が生じたとき 4その他信託条項 (1)委託者が死亡した場合、委託者の地位は相続人に承継せずに、受益権を取得する受益者に移転する (2)受益者は、受益権を譲渡し、又は担保に供することはできない (3)本信託終了時の受託者は、精算受託者として精算事務を行い、信託不動産を受益者の相続人に帰属させる。 |
権利部(甲区)に信託の登記が記録されると、同時に上記のような「信託目録」が作成されます。上記内容は、あくまでも例です。
第97条第3項にて、法務局の登記官は信託目録を作成することができると記されており、この条文だけみると、登記官はその作成を任意で行えるようにも読むことができますが、不動産登記規則第176条第1項において、登記官は、信託の登記をするときは、信託目録を作成しなければならないと記載されており、信託の登記においては、こうした信託目録が必ず作成されます。
信託登記の特徴
信託目録には、列挙主義に基づき、97条記載の登記事項が記録されますが、信託登記においては、他の抵当権設定登記とは異なる面があります。97条第1項第11号は、登記事項として「その他の信託条項」と規定し、具体的に列挙された事項以外の事項も、信託目録内にその他信託条項として記録することができます。また、列挙されている目的、管理方法、終了事由においても、その内容が記録されますが、こうした、信託目録上の内容、つまり何を登記しどのように記録すべきかについては、申請をする各司法書士が判断をします。各司法書士が、契約内容をもとに、そこから公示すべき登記事項を抽出し、申請を行っているのです。
つまり、抵当権設定登記であれば、一般的に、抵当権設定契約証書等から、債権額、利息、損害金などの各項目を単純に抽出すれば済みますが、信託登記においては、そのような単純な作業では済まず、信託契約を精査し、そこから、登記すべき内容を、司法書士が取捨選択をし、公示として適切な要約等を行い、登記の申請を行うことが必要なのです。
信託登記と抵当権設定登記等の相違
抵当権設定登記等
単純に不動産登記法上で列挙されている登記事項を抽出すれば済むことが多い。
例)債権額金3,000万円、利息年0.7%、損害金年15%、債務者何某
多くの抵当権設定登記は、権利者義務者の情報にくわえ、上記の登記事項を抽出すれば済むルーティン作業となっている
信託登記
元の信託契約書から単純に抽出することはできず、不動産登記法上に列挙されている登記事項に対応する契約条項を抽出し、又は要約する必要がある。さらに、契約条項のうち「その他の信託条項」として公示すべき内容であると判断できるものがあれば、それらも登記していく
司法書士が信託組成に関わるべき理由とは
このように、司法書士が契約内容から登記に必要事項を抽出するため、不動産がある場合は、当初から司法書士が信託の組成に関わる方が、明らかに手続きがスムーズに進みます。
信託法が平成16年に改正されて以降、家族間においても信託が利用されていることが増えてきています(家族信託、民事信託)
最近では、この家族信託の組成を専門に業とする会社もあるようです。しかし、信託の内容というのは、各スキーム毎に一元化し対応できるものではなく、家族信託においても、各家庭毎に前提となる環境が異なるため、定型の信託契約で対応できるとも思えません。
例えば、既に契約内容がほぼ確定し、又、契約済みの契約書を持参され、司法書士に信託登記の依頼をする場合、各司法書士は、当然、その契約を元に前述の抽出作業を行うこととなります。その際、登記すべき事項に関わる条項が、仮に後日手続上疑義が生じる可能性がある表現となっていたとしても、その段階だとなかなか修正もできず、かといって、司法書士として、契約と異なる内容も登記することもできないという、ジレンマに陥ることとなります。
さらに、登記は、どの登記であっても、その登記を前提に次ぎの登記が申請されるため、性質上、連続性を持つものですが、信託登記においては、特にその傾向が強く、信託の登記(主に所有権移転及び信託)を申請するということは、必ず、その後に、信託の変更や抹消の登記があることが予想されます。
不動産登記は、前述の不動産登記法などをもとに、その申請手続が法定されていますが、法律等で全ての手続をカバーしているわけではなく、明治から続く先例や法務省/法務局との質疑応答等に頼った申請手続も多く存在し、信託登記においてもこれは同様です。故に、そうした登記手続に精通していなければ、そもそも不動産を含む信託契約を組成することは困難ともいえます。
当初の信託登記を申請する際に、司法書士は、こうした後日の手続、特に登記上の手続を想定し、信託目録に記載すべき内容を決定していきます。しかし、あくまでも、元の信託契約が信託登記の法的原因となり、司法書士は、その契約内容の範囲で登記ができるに過ぎず、元契約に反する内容や、そもそも記載がないものを勝手に登記することはできません。
こうしたことから、特に不動産を含む信託の組成にあたっては、当初から、司法書士が契約書等の作成にも関わることが、依頼者にとっても利益となることから、信託を検討される際は、まずは司法書士に相談されることをお勧め致します。